兵庫県にある赤穂城跡に行って来ました。
所在地:兵庫県赤穂市上仮屋1424−1
アクセス
公共機関:JR播州赤穂駅から徒歩20分 JR相生駅から車約25分
車:山陽自動車道赤穂インターから約15分
※駐車場あり(無料)
開園時間:本丸以外は無休 本丸は9:00~16:30(入園は16:00まで)
浅野長直の指示によって慶安元(1648)年から13年の歳月をかけて築かれた赤穂城は、近世城郭史上非常に珍しい変形輪郭式の海岸平城です。藩の家臣で軍学師範の近藤正純が設計し、そのうち二之丸門虎口の縄張は、当時の著名な軍学者であった山鹿素行の手が加えられたと伝えられています。
赤穂城跡は軍学に従って築かれた城であり、徳川幕府が始まって約50年後に築かれたにも関わらず、その構造は戦を強く意識しており、複雑に折れ曲がる石垣、角度を違える諸門に特長があります。
城地は三方を山に囲まれ、東に千種川、南は瀬戸内海に面し、清水門の南にある船入は船が出入りできるようになっていました。昭和46年に国史跡指定を受け、平成14年には本丸庭園と二之丸庭園が国の名勝に指定され、文化財の修復・復元はもちろん、都市公園としての整備も進むなど、赤穂市のシンボルにふさわしい城跡として蘇りつつある。
大手門
近藤源八宅跡長屋門
大石良雄(内蔵助)宅跡
二ノ丸門跡
整備中の二ノ丸庭園
本丸門
天守台
天守台からの景色
厩口門
途中、赤穂城跡公園内にあった大石神社にも行きました(神社の目の前にも無料駐車場があります)
境内自由
※義士宝物殿、同別館、義士木像奉安殿、大石良雄宅跡共通券450円(公開時間:8:00~17:00)
元禄14年(1701)春3月、江戸城中松の廊下で、勅使接待役の浅野内匠頭長矩が、指南役の当家筆頭吉良上野介義央に刃傷に及ぶという一大事件が起こった。 長矩は将軍綱吉の独裁をもって即日切腹、浅野家は取り潰しとなる。これが第一の事件である
元禄15年(1702)12月14日の夜、長矩の家臣大石内蔵助良雄ら四十七義士が吉良屋敷に討入り見事主君の怨みを晴らし幕府の失政に一矢を酬いる事件が起こった。
そして2ヵ月後の2月4日義士達は武士の最高の名誉である切腹という処分をうけることにより劇的な終焉を遂げた。これが第二の事件で、この2つの事件を合わせたものが「忠臣蔵」である。
ご祭神は大石内蔵助良雄以下四十七義士命と中折の烈士萱野三平命を主神とし、浅野長直・長友・長矩の三代の城主と、その後の藩主森家の先祖で本能寺の変に散った森蘭丸ら七代の武将を合祀してある。参道には四十七士の石像が並び、「義士宝物館」、など見どころも多い
ご利益
「大願成就」「心願成就」の神様として全国的にも有名。
又、ご祭神の大石内蔵助は三男二女の子だくさんに恵まれました。その内蔵助が住んでいた庭園には子宝陰陽石があります。 この子宝陰陽石は撫でること、触ることにより子宝に恵まれると云われています。 この子宝陰陽石は義士史料館の1つ、大石邸庭園の中にあり、お参りする方は授与所で子宝御守を受けて頂くか、義士史料館4ヶ所共通拝観券にてお参りできます
参道左右に赤穂浪士の像
正門前に大石内蔵助像
正門
正門入った左右に「恵比寿さま」と「大黒さま」
御本堂
義士宝物殿
ちょっと変わったおみくじ「水みくじ」
ゆっくり1時間ほど見てまわりました。
赤穂城跡はむか~し一度行ったことがあるのですが、ほとんど記憶に残ってないのであまり期待していなかったのですが、意外や意外!
静かで凛とした空気に包まれ、心洗われるよう!良かったです!